「パワハラ」の事実確認

「パワハラ」は、「セクハラ(男女雇用機会均等法で規定)」と異なり、法的な定義はありません。

一説では、某コンサルタント会社の代表による和製英語だそうです。

しかし厚生労働省でも、「パワハラ」「いじめ」等は労働者の尊厳や人格を侵害する許されない行為であり、

職場の生産性の低下や人材の流出といった損失を防ぎ、労働者の仕事への意欲や職場の活力を低下させないためにも、この問題に積極的に取り組む必要があるとして、

平成23年7月から平成24年3月まで「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」が開催され、「パワハラ」について定義されました。

「職場のパワーハラスメントとは、

同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(※)を背景に、

業務の適正な範囲を超えて、

精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」

※ 上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。

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そして、「パワハラ行為の事例」が分類され、以下のとおり挙げられています。

【身体的な攻撃】  暴行・傷害(叩く、殴る、蹴る等、丸めたポスターで頭を叩くなども)

【精神的な攻撃】  脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(同僚の前で叱責、長時間、繰返し執拗に叱るなど)

【人間関係からの切り離し】  隔離・仲間外し・無視(1人だけ別室、強制的な自宅待機、送別会に出席させないなど)

【過大な要求】   業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(新人に仕事を押付け全員が帰るなど)

【過小な要求】   業務上の合理性がなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じる、仕事を与えない

【個の侵害】    私的なことに過度に立ち入る(交際相手についての執拗な質問、身内の悪口など)

しかし、この「ワーキング・グループ」が定義した「パワハラ」は法律ではなく、

あくまでも、予防・解決に向けて取り組むべき行為について、労使等が認識を共有するために整理されたものに過ぎないので、

これに該当すれば当然に私法上の違法性が基礎づけられるような概念ではありません。

逆に言えば、この概念に該当しない行為ならば、当然に違法ではないことを意味するわけでもありません。

ですから、職場で「いじめ」「嫌がらせ」があったとしても、個々のケースごとの実態で判断されることになります。

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そこで、過去の「パワハラ」に関係するような損害賠償請求事件の「裁判例」が、

今起こっている職場の問題が「パワハラかどうかの判断材料」のひとつになります。

例えば、

以下の東京地方裁判所が平成22年7月27日に判決を言い渡した裁判例は、

上記分類の【身体的な攻撃】【精神的な攻撃】に当たると言われています。

ある会社の上司Aは、部下Bの業務の方法について、事情を聞かずに叱咤し「今後、このようなあった場合には、どのような処分を受けても一切異議はございません」という始末書を提出させたり、部下Bの提案に対し「お前はやる気がない。なんでここでこんなことを言うんだ。明日から来なくていい」と怒鳴るなどしました。

また、部下CとCの直属の上司を「馬鹿野郎」「給料泥棒」「責任を取れ」などと叱責し、Cに「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした」という文を書かせた上で、始末書を提出させたり、

部下Dの背中を殴打し、面談中に膝を足の裏で蹴ったり、部下Cの妻について「よくこんな奴と結婚したな、物好きもいるもんだな」とDに言ったりしました。

判決では、上司Aに対しては、抑うつ状態になり休職した部下Bについては、約60万円の慰謝料、部下CとDに対しては、それぞれ40万円と10万円を慰謝料として支払うことを命じただけでなく、会社も使用者責任を負うことになりました。

それから【人間関係からの切り離し】【過小な要求】の例としては、富山地方裁判所の平成17年2月23日の裁判例などがあります。

労働者Aは、マスコミに自分の会社が関わる違法な闇カルテルの存在を告発したところ、その後20数年にわたって、教育研修所の配属となり、他の社員と離れた個室に席を配置され、研修生の送迎等の雑務しか与えられませんでした。

この判決では、労働者Aの内部告は正当な行為であるとした上で、不法行為、債務不履行責任により、1,357万円の損害賠償が会社に命じられました。

ここではあまり裁判事例を挙げませんが、

幾つもあるこのような事例が、「パワハラかどうかの判断」の参考になります。

ご興味のある方は調べてみたらいかがでしょうか。

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では実際に「パワハラ」の問題が発生すると、会社にはどのような影響を受けるのでしょうか?

このような職場では、信頼関係が崩壊していると考えられ、

1)業務効率の低下  2)職場内コミュニケーションの低下および悪化  3)労災事故の増加  

4)出勤率の低下  5)顧客サービスの低下  6)有能な人財の流出

7)労使トラブルの増加  8)訴訟リスクの増大 

などの様々な問題が発生することが懸念されます。

また上司と部下が裁判で争うことになれば、会社としても、安全配慮義務違反等が問われることも考えられます。

ですから使用者としては、日頃の上司と部下とのやり取りは労働者間の問題に過ぎないと軽視せず、

できれば会社としての相談窓口の設置などの体制を整え、本気で取り組む姿勢が必要かもしれません。

その際常に「事実」をしっかり確認することが重要だと思います。

パワハラ被害を訴える人の申告内容がすべて正しいとは限らず、加害者として訴えられた人を、誤って陥れてしまう懸念もあります。

また、パワハラの加害者に対する懲戒処分を行うときも、会社として「パワハラが存在」し不法行為や違法性を認めたことになるので、慎重に進めることが必要です。

やはり、正しい事実認定や記録、判断基準の確認と、それによる合理的な判断などを適正に行うことが大切だと思います。

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パワハラ上司と言われる人は、厳しい指導者で、社内では優秀な人財であることが多いそうです。

私が以前受講したセミナーでは、「パワハラ」と「厳しい指導」を区別するポイントを5項目挙げていました。

1)職務上の合理性があるか?

2)同じ言動を繰り返してはいないか?

3)健康や安全を脅かす可能性はないか?

4)パワー(優位性)の存在がみとめられるか?

5)自己防衛できるか、回避の余地はあるか?

などを「相対的基準」で判断するようです。

しかし、実際には「問題の事実確認」だけでも大変だと思います。

でも職場に発生している問題の事実を丁寧に確認をすることで、職場の改善や社員教育の在り方等も見えてくるかもしれません。

それが「パワハラ」問題を解決に導くだけでなく、そんなことが起こらない「社員が互いを尊重し合う」職場づくりに生かせるといいですよね。

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坂部 雅人

坂部 雅人

代表 社会保険労務士さかべ社会保険労務士事務所
1959年、埼玉県生まれ 北海道大学で、細菌の酵素について研究した理系人間です。 日本たばこ産業株式会社(JT)で、研究職、管理職を長く経験した後、 社会保険労務士になった「へんてこ社労士」です。 「人」と「人」の問題を解決するには、それぞれのお話にしっかり耳を傾けることが、まず第一歩だと考えています。

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