証明責任をふまえた労働紛争での上手な闘い方と社労士の役割

証明責任(挙証責任)とは

裁判で訴える側がAという事実の存在を主張し、訴えられた側がその存在を否定したとします。

裁判所は、どちらが真実か証明がつかないからといって、裁判を拒否できません。

そこで、あらかじめ法令やその解釈によって、Aという事実について、訴える側と訴えられた側のどちらがそれを証明する責任を負うかが決まっています。

そして、その責任を負う人が証明に失敗すると、自分の主張が通らないこととされ不利な扱いを受けるのです。

こうして裁判所は、適法な訴えに対しては、必ず何らかの結論を出すことができるのです。

一例としての具体的なケース

上司からパワハラを受け、精神的に参ってまともに出勤できない状態にされ、退職を迫られてやむなく応じ、自己都合の退職扱いにされるという場合について考えてみます。

あってはならないケースですが、パワハラの定義すら就業規則にない会社では、誰もパワハラを止めることができず犠牲者が後を絶ちません。

こんなとき被害者が精神的に回復すると、あのパワハラ上司を訴えてやろうという気持ちになりがちです。

しかし、パワハラそのものを理由に、損害賠償を請求しようと思うと、労働者の側でパワハラの存在と、それによってこうむった損害額を証明しなければなりません。

パワハラとして闘う場合の法的構成

パワハラで損害賠償を請求するという場合、主に次の3つが考えられます。

しかし、いずれについても、その証明責任は被害者である労働者にあるのです。

1つめは、不法行為責任の追及です。〔民法709条〕

上司に故意または過失があって、被害者の利益を侵害したということを証明する必要があります。

たしかに、上司が人前で殴ったり蹴とばしたりすれば、証人がいるでしょう。

しかし目撃者が、退職した労働者のために証言してくれるとは限りません。

ましてや電話でのやり取りや、会議室で二人きりで話していてどなられたことなどは、とうてい証明できないでしょう。

2つめは、会社に対する使用者責任の追及です。〔民法715条1項〕

ここでも一般的には、パワハラの存在についての証明が困難です。

3つめは、労働契約に基づき会社が普通に働ける環境を提供したかったことに対する債務不履行責任の追及です。〔民法415条〕

この場合、被害者は自分が働けなくなったことについて、会社に責任があることを証明しなければなりません。

証明責任の負担を考えて視点を変えれば

このケースは、パワハラの問題もあるのですが、不当解雇の側面もあります。

労働者が不当解雇を主張し、解雇は無効であって会社に行けなかった間の賃金の補償や慰謝料を会社に求めた場合には、少なくとも不当解雇ではなかったことについて、会社が証明責任を負います。

具体的には、解雇が客観的に合理的な理由を欠いていたり、社会通念上相当であると認められない場合には、会社がその権利を濫用したものとして、その解雇を無効とするという規定があります。〔労働契約法16条〕

ですから、労働者が不当解雇を主張すれば、会社はその解雇に客観的に見て合理的な理由があったことを証明しなければなりません。

また、世間一般の常識から考えて、解雇したのもやむを得ないといえるケースだったことを証明しなければなりません。会社は両方の証明に成功しなければ、裁判で負けてしまうのです。

専門家の出番

訴えるにしても訴えられるにしても、やり方次第で損得が出てしまいます。

また、紛争解決の手段は訴訟だけではありません。

何を主張して、どう闘ったらよいのか、報酬を支払ってでも弁護士や社労士に相談する意味はここにあります。

社労士事務所のキャッチフレーズ

社会保険労務士事務所のホームページには、少し前までは、キャッチフレーズとして「100%経営者の味方です」「会社・経営者を護る」ということばが当たり前のように掲げられていました。

ところが、「社会保険労務士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない」とされています。〔社会保険労務士法1条の2〕

これは、たとえ社労士が会社の顧問となった場合でも、一方的に会社の味方となり労働者の敵となるのはおかしいということを意味します。

権利が守られない労働者は、会社を去っていきますから、結局、会社が力を失います。反対に労働者が権利の濫用をしている会社も傾いていきます。

会社と労働者がWIN-WINの関係にならなければダメなのです。

不適切な情報発信の禁止に関する会則改正

「社員をうつ病に罹患させる方法」がブログに書かれるなど、他にも社労士の不適切な情報発信が社会問題となったことから、東京都社会保険労務士会の会則には不適切な情報発信の禁止規定が新設されました。

これによって、「会社側の味方」という表現は、少なくとも東京都内の社労士事務所では使えなくなりましたし、業務にあたっては公正な立場でなければならないことが再確認されたといえます。

弁護士と社労士のスタンスの違い

東京都区内で労働裁判を扱う法律事務所では、「企業側」「労働者側」ということを明確にしています。こうしないと専門性を疑われるようです。

しかし、同じ東京都内でも多摩地区では、どちら側の代理人も受任する法律事務所が多数あります。

それでも、弁護士と社労士とでは少しスタンスが違います。

たとえば、メンタルヘルス障害で休職している社員がいる場合、弁護士は「会社が責任を問われないように」ということを強く意識します。

これに対して社労士は、「休職している社員の生活や病気の治療」のことも十分に配慮します。

弁護士は、労働者から攻撃されても会社がきちんと防衛できることを考えるのに対して、社労士は、会社が労働者のことをきちんと考えることによって会社が労働者から攻撃されることを防ぐというスタンスです。

社労士事務所本来の役割からすれば、会社からも労働者からも仕事を受ける立場です。

そして、どちらの立場に立った場合であっても、感情的になって相手を打ち負かし一時的にスッキリするような結果を目指してはいません。

常に冷静に長期的な視点に立って、WIN-WINの結果を目指すのが使命なのです。

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解決社労士 柳田 恵一
今のありのままの姿と理想とのギャップをどうやって埋めたら良いのか。「府中柳田」で検索してみてください。そして、お気軽にご連絡ください。